巨瀑とナメの饗宴、立間戸谷

立間戸とは、岩壁が戸を立てかけたように立つという意味だそうな。つまり立間戸谷(たちまどだに)とは、両岸に大岩壁を立てた谷ということです。紀伊半島南部を流れる大河熊野川の左岸にある子ノ泊山(ねのとまりやま)(906.7m)の西側をえぐったように落ち込むこの谷は、とても900m少々の山にある谷とは思えない凄い谷だという話を聞き、ここで前夜からの鍋宴会テント泊のおまけ付きでの谷遡行が計画され、私の今年の沢納めにふさわしい沢行にすべく行ってきました。

【山 域】(南紀)熊野川立間戸谷(子ノ泊山)
【場 所】三重県南部
【日 時】2002年 11月03日(日)〜11月04日(月)
【コース】11/3 登山口→二俣下の河原(けやき平)で幕営
         11/4 幕営地→立間戸谷遡行→子ノ泊山→登山道を下山→幕営地→登山口
【参加者】Taqさん、BAKUさん、clifさん、みーとさん、大加茂さん、oba (6名)
【天 気】11/3 晴れ、11/4 概ね晴れ時々小雪


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11/3
朝、五条でBAKUさん、Taqさん、clifさん、obaの4人が合流。大塔村道の駅でBAKU号に荷物をまとめ一路南へ出発。途中昼食を食べて子ノ泊山登山口に12時過ぎに到着。共同装備を分配し重くなったザックを背負って登山口出発、12時半。

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堰堤みたいな源助滝
登山道を登り、途中、源助滝の看板がある所で滝を見に行く。適当に斜面を降りていくと源助滝の前に降りることができた。2段40m程のまるで堰堤みたいな真っ平な岩盤から落ちる滝だ。滝の左壁は真っ直ぐのコーナーになっていてクラックが伸びており、よく見ると古いボルトや残置ハーケンがあった。

登山道に戻り先へ進み、14時前には今日のテン場のけやき平に到着。ここは大きなけやきの木の下ですぐ横を水が流れていて平らな砂地もあり絶好のテン場だ。早速テント設営、薪集めをして宴会の準備。一段落したところで、まだ時間も早いので、元祖沢の伝道師、小山伏さん命名の「無重力の滝」を見に行くことにする。

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圧巻の屏風滝80m
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そそり立つ柱状節理の
大岩壁
沢を上流へ行くとすぐに二俣になり、右俣が明日登る立間戸谷の本谷。ここは左俣に入り、ゴーロ帯をしばらく登ると前方にとてつもないものが見えてきた。若干水量は少ないようであるが、落差80mはあると思われる屏風滝。上部はハングしているように見えるが水は真っ直ぐ落ちていなくて岩にしみ込むように裾広がりに流れ落ちている。こんな滝は見たことがない。そして滝の左側には150mはあるかと思われる柱状節理の大岩壁がそそり立ち、まるで岩の大屏風だ。4人ともしばし唖然として上を見上げていた。

滝見物を終えテン場に戻り、お茶など沸かしてのんびりしていたら、いい時間になってきたのでそろそろ焚き火の火入れ。集めた流木はよく乾いていてすぐに火がつき燃え上がる。飯盒で米を炊き、鍋宴会の準備をしていたら、沢装備の7〜8人組が上から降りてきた。「沢雪山歩の人?」と聞かれたので、「そうですよ、おたく等は?」と尋ね返したら、「サワヤカサワデーズです。」という返事。なにそれ〜??彼らは、「お気をつけて〜」と早足で下山していった。(「沢やか沢デーズ」の皆さん、その節はどうも失礼しました。)

その後盛大に焚き火が燃え上がり、鍋宴会も大いに盛り上がり、夜も更けて22時頃に就寝。夜中にclifさん、BAKUさんが火のお守りをしてくれて焚き火は朝まで火が絶えることなく燃え続けていた。


11/4
朝6時起床。朝食、コーヒータイムを済ませ、立間戸谷遡行の準備をする。みーとさん、大加茂さん組は今朝ここで合流することになっているがまだ来ない。8時まで待ってやっと2人がやってきた。6名全員が揃ったところで出発。

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牛鬼滝60mを
見上げる
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50m滝の下に出る
二俣を右に入るとすぐ6m斜爆。右手を登り上に出るとすぐに牛鬼滝60m。すっげ〜、と全員滝を見上げてしばし口をあんぐり。「これは本で見たことがある滝だな〜。」とclifさん。そう言われれば私も見覚えがあるような。牛鬼滝の右側を巻き登り谷に降りるとまたすぐに釜を従えた10m滝。これも右手を巻き上がるとまた50m滝が出現。どれも周りの岩盤が発達し見上げるような岩の要塞に囲まれた滝ばかり。水量は少な目ではあるが水は岩盤を滑るように流れ落ちる美しい滝の連続である。

50m滝の右手急斜面を登ると行く手を壁が塞ぐので左へトラバース。足元はすっぱり切れ落ちた細いバンドを伝って木の根、立木を手がかりに進む。滝上に降りるとまるで滑り台のような10mナメ滝。ナメ滝の右壁をclifさんが登ろうと試みるが、微妙な傾斜でかなり難しそう。ここは左岸の灌木の中を巻き上がり上に出る。

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滑り台のような
10mナメ滝
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裾広がり40m滝
この上ですぐに裾広がりの40m滝。ほんとうにきれいな滝の休みのない饗宴には飽きることがない。ここは両岸が樹林の尾根状壁になっておりどちらからも巻けそう。BAKUさんの助言で左の樹林帯を選択。割と簡単に滝上に出る。このあたりから、BAKUさん、前回この谷に来たときの記憶とどうも違うと盛んに首を傾げだす。

河原歩きしばらくで右手に壊れかけた植林小屋が現れる。ここで谷は二股になっておりどちらへ進むか一同首を傾げる。地図で確認するとどうやら右手が本谷のよう。右俣へ入るが水量も少なくなるしやっぱり違うかな、と、小屋の所に戻り今度は左俣へ。しかしこちらはすぐに水も切れ谷の源頭の様相になってきてこれは明らかにおかしい。ということでまた戻り右俣へ。そんなこんなでここでかなりウロウロとしてしまった。

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延々とナメが続く
ゴーロをしばらく進むとまた谷が二つに分かれる。本谷は右手のように見えたが、左俣の上方にはナメの始まりのような岩盤が見えている。あれが1kmナメの始まりではないかと左俣に入る。すると、そこからは延々とナメが上に続いていた。登っても登っても先に延々と続くナメ。中途半端に濡れている所はぬめって滑りやすいので注意深く足を進める。

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急傾斜のナメを登る
前方にガレが見えてきたのでこれでナメはおしまいかと思ったら、右手の枝谷に更に傾斜の強いナメが続いていてこれに入る。傾斜は強いが手がかり足がかりは結構あり、それほど困難もなく登ることができた。ナメを登り続けるとついに源頭の崩壊したガレ場に突き当たり、右手の樹林の中に逃げてしばらく登ると登山道らしき階段道に出て、これを喘ぎ登るとついに稜線の林道に登り着いた。12時少し前。

稜線上では風が強く時折小雪もちらついていた。この時6人全員が子ノ泊山より南の稜線上に出たものと思いこんでいたので、林道を北へ向かい頂上を探すが、それらしきピークへ登っても山名板がない。おかしい、子ノ泊山の頂上がない、とかなりウロウロとしたが、どうやら頂上より北側の稜線上に出てしまったのではないか、ということで林道を南に戻ったらやっとそれらしきピークが見えてきた。やっぱり子ノ泊山頂上より北側の稜線上に出てしまっていたのだ。

子ノ泊山の頂上着、13時。頂上に着いた頃は空も晴れ日もさしていた。はるか先には太平洋の海も見える。しかし、稜線上をウロウロとしてかなり時間もロスしているので早々に下山開始。ここで、下山ルートの登山道の降り口がよくわからずまたウロウロ。結局林道に登り着いた所が降り口であろうと降りて行き、テープを頼りに下山を急ぐ。

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子ノ泊山頂上に着く
(BAKUさん提供の写真です)
この下山道、所々道がなくなり極めて不明瞭になったり、足元が切れ落ちた急斜面をトラバースしたりの、ほとんど廃道に近いような道であった。テープの目印を見落とさないようになんとか先へ進み、やっとのことでテン場に到着。15時。ここで、テントを撤収し、ザックに荷物を詰め込み、重くなったザックを背負い登山道を伝って登山口に降り着いたのは16時を回っていた。

この後、川湯温泉の公衆浴場(\200)でお風呂をいただき、近くの中華料理店で腹ごしらえをして、みーとさん、大加茂さん組と別れ、BAKU号で奈良大塔村まで戻り解散とした。

立間戸谷はなるほど、その名前の由来通りの大岩壁に囲まれた中に巨瀑を連ねた、とても900mそこそこの山にある谷とは思えない凄い谷であった。また、ここは、絶好のキャンプサイトであるけやき平にベースを構え、大滝、岩壁の登攀、谷遡行、焚き火宴会、等々で日数をかけて遊ぶのも面白いだろう、と思わせるところである。

しかし、暖かいはずの南紀の谷で今の時期に雪に降られるとは思わなかった。沢雪山歩の変態沢屋の連中は真冬でも沢へ入るそうだが、いくら何でも私はそこまで変態にはなり切れないのでこれで今年の沢もおしまい。ほんとうに存分に楽しませてもらった今年の沢納めであった。

END

みーとさんの立間戸谷レポートはこちらです。